俺が生み出した劫火が、父と兄を焼き尽くす…ー。
それは同時に、俺の心臓の楔を抜くことができる者をこの世から消してしまったということだった。
(後悔などはない)
力を使いすぎた俺は、あの後……深い眠りに落ちてしまった…ー。
限界まで使い切った力の代償は、この身を引き裂くほどに苦しかった。
だが…
○○「…アポロ…」
アポロ「…」
ある晩、うっすらと意識を取り戻しまぶたを開けば、ベッド脇でもたれるようにして眠る○○の姿があった。
あれから何日経ったのか、それすらもわからない。
(まさかずっと…付き添っていたのか?)
(世話など、使用人に任せとけばいいものを)
顔にかかる髪に静かに手を伸ばそうとすると、腕の付け根が痛む。
(回復するまで、まだしばらくかかりそうか…)
起こさぬように気をつけながら、丁寧に髪を直してやる。
(柔らかな髪だ…)
○○「ん…」
長いまつ毛が微かに震えた。
(起こしてしまったか…)
○○「ん…アポロ…?」
アポロ「ああ…」
返事をしてやると、○○が大きく目を見開く。
○○「アポロ…!」
驚いた表情が次第に笑顔に変わったかと思うと、すぐにまた、悲しそうに眉を下げる。
(全く、忙しい奴だ)
だが、○○の表情を見ていると、今ここに生きているという不思議な心地がした。
○○「ずっと苦しそうで…心配でたまらなくて。 本当に…よかった…」
瞳に涙を堪えながらも、○○は笑みをこぼす。
アポロ「…お前のように心配性な女は、見たことがない」
○○「っ…でも、本当にすごく苦しそうだったんです。だから…」
アポロ「俺が死ぬとでも思ったか?」
言葉の先を問いかければ、○○は申し訳なさそうにうつむいた。
アポロ「約束しただろう。 言われずとも、生きると…ー」
○○「そうですね…もっと、アポロを信じられるようにならないと」
伏し目がちの瞳が憂いを帯び、不安をにじませる。
(…仕様のない女だ)
そう思うものの、俺に向けられる想いに悪い気はしなかった。
アポロ「来い、○○」
○○「え…?」
アポロ「俺の鼓動は、そう簡単に動きを止めぬことを教えやる」
○○「っ…!」
○○の体を強引に引き寄せ、抱きしめる。
○○「アポロ…?」
○○は俺の腕に抱かれながら、首を傾げる。
アポロ「…聞いてみろ」
○○「っ…!」
柔らかな頬を、俺の胸に押しつける。
わずかに身じろいだ後、○○はじっと俺の胸に顔を寄せていた。
○○「騒がしいくらい…大きな鼓動が聞こえます」
幸せそうな笑みを湛え、そのようなことを言う。
なんとも失礼な女だ。
なんとも…愛おしい女だ。
アポロ「…生きねばならんからな。 この心臓に突き刺さった楔と共に、これからも…ー」
なおきつく華奢な体を抱きしめれば、その力を抜き俺に身を預ける。
アポロ「そして…お前と共に」
二人の鼓動が合わさると、安らぎと幸福に包まれていくように思えた…ー。
…
……
それからしばらく、俺の体調も完全に戻った頃…ー。
街で盛大に、凱旋パレードが行われることになった。
国民「アポロ様!アポロ様ーっ!!」
国民「○○様ーっ!!!」
民からのたっての希望で○○もこの場にいる。
○○「ど、どうして私も一緒に…」
アポロ「民が望んだことだ。応えねばならんだろう」
案の定、○○は動揺している。
アポロ「それにまあ、丁度良いではないか。婚礼の前祝いともなる」
○○「えっ…!」
驚く○○の腰に手を回し、ぐっと抱き寄せた。
○○「あ、あの…」
明らかに赤く染まる頬は、まるで穢れを知らぬ乙女のようだ。
(こういう顔をさせるのも悪くはないが)
(…それだけでは駄目だ)
アポロ「いちいち動じるな。おどおどするな。フレアルージュの王妃となる者が」
顎を持ち上げ、ともすればうつむきそうになる視線を無理矢理合わせてやる。
アポロ「俺の隣へ立つに、ふさわしい女となれ。」
○○は、恥じらいながらも俺をまっすぐに見つめている。
(そうだ…その瞳が、これからも俺を奮い立たせるだろう)
アポロ「…胸の楔が抜けることはこれからもないが。 力を使わずとも、お前と民と、国の未来を作っていけるだろう」
共にこの先を築く、最愛の女に向けて…
アポロ「○○。お前が、俺の唯一の家族となれ。 愛している」
○○「…アポロ…」
アポロ「返事は」
○○「はい…」
胸の奥で、鼓動が力強く打ち鳴る。
何があろうとも、俺は王として皆に幸福をもたらしてみせよう。
愛する○○と共に…ー。