意識が、暗い闇に沈んでいく…-。
我が国を守るため、持てる力の限りを使いすべてを焼き払った。
(情けない……これしきで力を使い果たしてしまうとは)
全身に受けた傷が、焼けつくように痛む。
(これまで……か……)
閉じたまぶたの裏に、愛しい女の姿が浮かぶ。
(……〇〇)
最初は弱々しいばかりだと思っていたあの瞳……
だが時に、真白な力強い輝きを放つあの瞳を、今どうしようもなく見たいと思った。
(今わの際に……よもやお前に会いたいなど)
〇〇「……アポロ……」
朦朧とする意識の中で、俺の名を呼ぶ声まで聞こえ始める。
(……ああ、俺はこんなにも、お前に会いたいのか)
そう実感して、苦笑する。
(俺も……腑抜けたものだ……)
だが、次第にその声は近づき……
土を蹴る鮮明な足音まで聞こえてきて…-。
〇〇「アポロ……!」
今度は、はっきりと聞こえた。
アポロ「……」
返事をするでもなく、閉じたまぶたを震わせた途端……
ぐっと体を抱き寄せられた。
アポロ「う……うう……」
〇〇「アポロ……よかった!」
鼻先をかすめる香りも、俺を抱くその華奢な腕の感触も、すべて俺の知る〇〇のものだ。
(なぜここに……)
傷の痛みと彼女がここにいる事実が、俺の頭を混乱させるが……
(会えて……嬉しいぞ……)
〇〇の温もりが、ただただ愛しかった…-。
…
……
〇〇が、俺の体に触れ、傷口を拭く。
その手の温もりが、俺の心を優しく包むようだった。
〇〇「どうして……こんな無茶を」
アポロ「……皆が俺のことをどう思おうが……俺はこの領の王なのだ。 守らねば……ならぬ」
末の王子として生まれ、家族に疎まれながら育った。
(いずれ王となる俺が……国を、民を守るのは当然だろう)
〇〇「アポロは……強いですね」
アポロ「当たり前だ……」
〇〇「強くて凛々しくて……私は、そんなアポロのことが……」
そこまで言って、恥じらうように口を閉ざす。
その先に続く言葉はわかっていたが、俺は〇〇を促した。
アポロ「……なんだ? 言ってみろ」
〇〇は観念したように微笑み、俺を見つめる。
〇〇「……好き、です」
求めていた言葉が返ってくると、妙に幸福な気持ちになった。
アポロ「ああ……離れてはならん」
頬が緩みそうになるのを自覚し、愛しい女を抱きしめる……そんな時ですら痛むこの傷が憎い。
アポロ「死に目に一番会いたいのは、お前だった……」
俺のつぶやきに、〇〇が泣きそうな顔をする。
〇〇「死に目だなんて言わないでください…アポロらしくないです。 アポロはもっと、堂々と……意地悪そうに、笑っていて欲しいです」
アポロ「ふっ……そうか」
つい気弱になった心を見透かされたようで、苦笑する。
〇〇「アポロが、いないと駄目です……きっとこの国の民も、アポロが王でなければ……。 だから、生きてください……。 フレアルージュに、戻りましょう」
まっすぐに俺を見つめる〇〇の瞳には、自身の姿が映っていた。
先ほどまで薄れていた生への執着が、〇〇によって強くなる。
アポロ「ああ、生きよう。我が妃と、そしてこの国の民と共に……」
〇〇「アポロ……」
意思を込めて告げた俺の頬を、〇〇がそっと両手で包み込んだ。
そして唇と唇が触れ合う。
アポロ「……」
(熱い……)
それは、俺の勝手を咎めるような……
それでいて彼女の命を俺に吹き込むような……強い口づけだった。
頬に熱い雫が落ちる。
ゆっくりと唇を離した〇〇の瞳は、こぼれんばかりの涙が湛えていた。
アポロ「……泣くな。もう二度と勝手な真似はせん」
〇〇「本当ですか?」
アポロ「嘘は嫌いだ」
〇〇の首筋へ手を伸ばし、そのままぐっと引き寄せる。
俺の元へ倒れ込んだ〇〇に、再び唇を重ねた。
(お前に誓う……俺は生き抜いてみせる)
(妃となるお前を、守り抜いてみせる)
アポロ「愛している、〇〇……」
深い想いを告げれば、〇〇の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
(愛している……)
体の傷も、心臓の楔の痛みも、何もかもを感じなくなるほどに想い、その体を搔き抱き、口づけを深いものにした。
そして、静かに唇を離した後…-。
アポロ「……行くぞ」
立ち上がる俺を慌てて支えてくれる、女の肩を抱いた。
アポロ「……俺は紅鏡の国・フレアルージュの王子、アポロだ」
〇〇「はい……」
〇〇の肩を抱く手にぐっと力を込め、歩き出す。
一歩一歩着実に、しっかりと……この重い体を引きずった先にあるもの。
燃えるような朝焼けに、今度こそ折れぬ誓いを立てる。
フレアルージュの王となるのは、この俺しかいないと…-。
おわり。