私はアポロを捜して、洞窟を出てずっと走っていた。
(アポロ…いったい、どこへ……)
込み上げる不安を抑えながら、アポロの領へ近づいた時……
○○「これ……は……」
視界に入ったその光景に息を呑んだ。
(アポロが……焼き払った、跡……?)
残炎と共に、灰色の煙がいくつも立ち上がっている。
じりじりと炎がくすぶる、その中心には……
○○「アポロ……!」
アポロが、ぐったりと倒れている姿を見つけた。
駆け寄って、すぐさま抱きしめると……
アポロ「う……うう……」
アポロは、ひどく苦しげにまぶたを震わせた。
○○「アポロ…しっかりして……」
私の声に反応するかのように、ゆっくりと震えるまぶたが開かれる。
○○「アポロ……よかった!」
湧き上がる喜びと安堵を我慢できずに、涙が溢れそうになった。
アポロ「なぜ、来たのだ……」
アポロの瞳が、驚きに見開かれている。
○○「一人で行ってしまうなんて、ひどいです……」
アポロ「王としての努めだ。民と……妃を守らねばならんからな」
浮かべられる不遜な笑みは、すぐに苦しげに歪められてしまう。
○○「少し、場所を移動しましょう。ここは火が近すぎます……」
アポロ「……ああ……」
…
……
私達は、近くにあった森へと入った。
夜の帳はすっかり下りて、月がどこか哀しげに木々達を照らし出す。
○○「体が……こんなにぼろぼろで……」
アポロに肩を貸して支え、木にもたれかけさせる。
私は、持っていた水を出し、布で湿らせて傷口をぬぐった。
アポロ「うっ……」
○○「ごめんなさい、痛みますか?」
アポロ「ああ。もう良い……」
○○「駄目です。だって、こんな……」
首筋のよごれや汗も強引にぬぐう。
すると……
(胸元の、刺青が……)
そこは目茶苦茶に切りつけられたかのように、ひどい怪我を負っていた。
猛々しく美しい刺青が、もう……ほとんど原型をとどめなくなっていた。
○○「……」
私はその傷を、布でそっと抑え、その上から唇を押し当てた。
アポロ「……どうした」
アポロの手が力なく、私の髪を撫でる。
○○「どうして……こんな無茶を」
アポロ「……皆が俺のことをどう思おうが……俺はこの領の王なのだ。 守らねば……ならぬ」
力強いアポロの言葉が、私の胸を切なくさせる。
(自分を犠牲にしても……皆を守ろうとした……)
迷いのない眼差しは、私が初めてフレアルージュに来た時にアポロの瞳に見た、あの堂々とした、強い輝きと同じものだった。
○○「アポロは……強いですね」
アポロ「当たり前だ……」
○○「強くて凛々しくて……私は、そんなアポロのことが……」
気持ちがいっぱいになって、言葉が勝手に溢れてしまう。
アポロ「……なんだ? 言ってみろ」
弱々しいながらも、いつものように傲慢な口調が私を安心させた。
○○「……好き、です」
満足げに笑みをこぼした後……アポロは静かに息を詰めた。
アポロ「ああ……離れてはならん」
震える手が、私の手に静かに回され、そしてきつく抱きしめられた。
アポロ「死に目に一番会いたいのは、お前だった……」
憔悴しきった顔に、アポロらしくもない優しさが浮かぶ……
(そんなふうに、微笑まないで……)
○○「死に目だなんて言わないでください……アポロらしくないです。 アポロはもっと、堂々と……意地悪そうに、笑っていて欲しいです」
気づくと、そんなことを言ってしまっていた。
アポロ「ふっ……そうか」
○○「アポロが、いないと駄目です……きっとこの国の民も、アポロが王でなければ……」
(きっと、皆にもいつか伝わるはず)
自分を犠牲にしてまで国を守ろうとするアポロが、この国の王にふさわしいということが。
革新を込めて、私はアポロの瞳をまっすぐに見つめた。
○○「だから、生きてください…。 フレアルージュに、戻りましょう」
アポロが、抱きしめる腕の力を緩め、再び木にもたれかかった。
そしてゆっくりと、一つ息を吐いて……
アポロ「ああ、生きよう。我が妃と、そしてこの国の民と共に……」
○○「アポロ……」
疲れ切ったその頬を、そっと両手で包み込む。
確かな体温と、繰り返される温かな呼吸に心から安堵して……
アポロ「……!」
私は、気づくと彼にキスを落としていた。
アポロ「……」
触れ合う唇の熱さに彼の命を感じて、ひとしずく涙がこぼれ落ちる。
すると…―。
アポロ「……泣くな。もう二度と勝手な真似はせん」
ゆっくりと唇が離れた後、アポロが少しばつが悪そうつぶやいた。
○○「本当ですか?」
アポロ「嘘は嫌いだ」
アポロの手が私の首に添えられ、ぐっと引き寄せられる。
そのまま……再び唇が重なり合う。
(生きていてくれて……本当によかった)
涙の味のするキスを交わし、深く深く想いを伝え合って……
そして今一度、愛しい瞳と視線を絡ませ合う。
アポロ「愛している、○○……」
アポロの熱い感情そのままぶつけられた言葉に、涙がこぼれ落ち続けてしまう。
(アポロ……)
炎のように熱い彼の想いを受けとめながら、そっと瞳を閉じる。
国を守りたいアポロの心……それが炎となり、すべてを守った。
まぶたの裏に見えるのは、アポロがいつかフレアルージュの王として立つその日のことだった…ー。
おわり。