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アポロ「この国で俺にできんことは何一つとしてない」
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威武堂々と立ち、アポロ王子は私に、目覚めさせたお礼をしてくれると言った。
(でも、急に言われても……)
アポロ「どうした、早く言わんか」
○○「はい……えっと」
言い淀む私を見て、アポロ王子の眉が吊り上がる。
アポロ「苛々する奴だ。では選べ、二つに一つだ。 富か、美か。貴様はどちらだ」
○○「難しいですけど……強いて言うなら、美でしょうか」
アポロ「強いて言うなら?はっきりしない女だ。おいっ!」
アポロ王子が、苛立たしげに側近らしき人に何かを命じた。
アポロ「我が国フレアルージュの誇る、最上級のドレスと宝石を用意させる」
○○「え……」
アポロ「なんだ、その呆けた顔は」
○○「そんな高価なもの……いただけません」
アポロ「俺を目覚めさせた対価としては、安すぎるくらいだ。 それと……」
不意に、アポロ王子が瞳をすがめたかと思うと……
大股で私の前まで歩みを進め、眼前に立ちはだかった。
(え…?何?)
至極近い距離で、まるで値踏みでもするようにじっと私を見下ろしている。
アポロ「……」
燃える緋色の目が、細められたかと思ったら…
アポロ「姿勢が悪い。背筋を伸ばせ」
○○「っ……!」
アポロ王子の手が突然、私の背筋を滑り抜けた。
否応なしに背を伸ばされ、背中に鋼でも入れられたような心地になる。
アポロ「そうだ、それでいい」
今度は何の前触れもなく、彼の大きな手に顎が掴まれる。
○○「っ……!」
アポロ「顎をもっと引け、顔が呆けて見える。表情も悪い、もっとマシな顔はできないのか」
○○「あ、あの」
アポロ「しゃべるな。表情は、口角を少しだけ上げ、目はしっかりと前を見据える。まばたきは最小限だ」
○○(今…何をされているんだろう?)
アポロ「聞こえないのか?いい加減、その阿呆のような面をどうにかしろ!」
○○「!」
大きな声に、再び背筋がぴんと伸びる
アポロ「そうだ…やればできるではないか。 貴様はトロイメアの王族として、見目、立ち振る舞い、相応のものにしなけばならない」
○○「王族として…」
アポロ「貴様の態度は、まるでなっていない。俺は、そういう意識の低い奴が一番嫌いだ」
○○「……」
(確かに…アポロ王子と比べると……)
堂々と立つ彼の姿には、王族としての確かな威厳がある。
アポロ「よし。次は…ー」
さらに、アポロ王子が口を開きかけた時だった。
兵士1「あ、あの、アポロ様、お話し中申し訳ございません…」
傍に控えていた一人の兵士が、蚊の鳴くような声で話しかけてきた。
兵士1「そろそろ……国王様、兄王子様達との議会のお時間で…」
アポロ「良い。そのようなもの、出るだけ時間の無駄だ」
兵士1「しかし」
アポロ「貴様…俺の言ったことが聞こえなかったのか?」
兵士1「ひっ…!」
(え…?)
ゆらりとアポロ王子の姿が、陽炎のように揺れた気がした。
次の瞬間…ー
○○「ほ…炎!?」
燃え盛る紅蓮の炎が、彼の腕を取り巻いていた。
アポロ「皆、俺を苛立たせる…」
兵士1「ア…アポロ様、お許しを…っ!」
炎が手の上で爆ぜるように、轟々と音を立てて巨大化していく。
(これは…何!?)
燃えたぎる炎と同調するように、アポロ王子の表情も、憤怒の色を濃くしていった。
兵士1「こ、殺される……!!」
兵士が頭を抱え、丸くなる。
○○「アポロ王子!やめてください……!」
私はとっさに、アポロ王子と兵士の間に飛び込んでしまった。
アポロ「ほう……貴様も一緒に死にたいのか?」
冷徹な声と燃え盛る炎の熱に、体も心も震え出す。
アポロ「そこをどけ」
○○「…どきません」
(どいたら、きっと…)
アポロ「……」
アポロ王子の鋭い視線が、私に突き刺さるけれど…
アポロ「…本当に苛々させる女だ」
やがて、彼の腕を取り巻く炎が消え去っていく。
アポロ「今後、二度と俺の視界に入るな。 明日、早々に帰ることを命じる」
冷たく言い放つと、アポロ王子が私に背を向ける。
(怖かった……)
兵士2「何て、横暴な……」
兵士3「恐ろしい…このままだと、いつか俺も…」
兵士達のつぶやきが耳に滑り込んでくる。
○○「……」
けれど私は…
一度もこちらを振り返ることなく、颯爽と歩いて行く彼の後ろ姿に、
どうしようもなく惹きつけられてしまっていたのだった…ー。