月最終話 浜辺まで競争

私と陽影さんは、ビーチへ向かう途中、海に突き出た高台を見つけて寄り道をした。

私が驚かせてしまったせいで、尻餅をついた陽影さんが、起こしてくれというように手を伸ばしてくる。

ドキドキしながら、その手を掴むと…―。

〇〇「……!!」

ぐいと強く手を引かれたせいで、バランスを崩してしまう。

陽影「……おっと!」

陽影さんは、彼の胸に倒れ込んだ私の身体を難なく受け止めた。

陽影「参ったか!さっきの仕返しだ」

耳元に無邪気な声が落とされ、私は真っ赤になりながら、陽影さんの肩に顔を見上げた。

〇〇「も、もう……陽影さん」

陽影「オレを脅かそうなんて百年早いんだよ!」

キラキラした笑顔を見ると、何も言い返すことができなくなる。

〇〇「……はい、肝に銘じておきます……」

陽影「……まあでもホントは、仕返しなんて口実なんだけどな」

〇〇「え……?」

私の背中に回された腕に、陽影さんがギュッと力を込める。

陽影「……この国で再会してからずっと、オマエのことこうしたかった」

少し苦しくて、でも嫌じゃなくて、私はドキドキしながら陽影さんの腕に身を任せた。

陽影「……いや、違う。離れてる間だって何度も、オマエのこと思い出してたんだよ、実は」

〇〇「陽影さん……」

陽影「オマエは? オレのことすっかり忘れてたなんて言ったら許さないぞ」

陽影さんがふざけながら、私の額を軽く小突く。

〇〇「忘れたりなんか……しません。 陽影さんが私を誘ってくれて、とても嬉しかったんですよ」

気持ちを伝えたくて、陽影さんの胸に頬をすり寄せると、太陽の匂いがした。

暖かくって優しい、陽影さんの温もりはいつだって私を安心させてくれる。

陽影「だったら、誘って正解だったな。 オレって夢中になると、周りが見えないほどのめり込むタイプだから…。 オマエに気持ちを押し付けてないか、時々不安になるんだ」

〇〇「そんなことないです……!」

陽影「ならいいけど…。 まあオマエへの気持ちは止めらんないし、止めるつもりもないけどな」

笑いながら私を離して、照れ隠しのように、また海のほうに視線を向ける。

陽影「あー……泳ぎたいわ!」

〇〇「飛び込んじゃいますか?」

陽影「はあ?オマエ……それはさすがに……」

〇〇「私、陽影さんの泳ぐところを見てみたいです」

陽影「いや、だって……そこは心配するトコじゃねえの?」

確かに私達のいる高台から海までは、飛び込むには少し高く感じた。

けれど……

〇〇「でも、私が止めてもきっと陽影さんは飛び込んじゃうんだろうなって」

陽影さんは、うずうずした様子でもう何度も海を振り返っていた。

陽影「なっ……」

私は黙ったまま、陽影さんのことを笑顔で見上げた。

陽影「……。 …一回だけ飛び込んでみてもいい?」

観念したように頼んでくる陽影さんの態度がかわいくって、私は元気よく頷き返した。

〇〇「はい、もちろんです。でも、気を付けてくださいね」

陽影「ヘヘッ……じゃあ、ちょっとだけっ!!」

言うや否や、陽影さんは高台から空へ向かって颯爽と飛んだ。

しなやかな動きで飛び込んだ陽影さんを、海が柔らかい音を立てながら受け止める。

(陽影さん、楽しそう)

力強く美しい陽影さんの泳ぎに魅せられながら、私は息を飲んだ。

(それに、こんなに綺麗に泳ぐ人、私、今まで見たことない)

すると…―。

スチル(ネタバレ注意)

水面から顔を出した陽影さんが、私に向かって満面の笑みで手を振る。

手を上げた際に跳ねた水しぶきが、太陽の光でキラキラと輝いた。

陽影「おーい!どうだったあ?」

〇〇「陽影さーん!かっこよかったですー!」

私も楽しくなって、叫んで彼にそう伝える。

陽影「ホント、オレばっか遊んでてゴメーン!」

謝りながらも楽しそうにしている陽影さんを見て、私もなんだか嬉しくなる。

(やっぱり……陽影さんの楽しそうな笑顔を見ることが、私にとっての一番の楽しみだよ)

〇〇「海、気持ちいいですかー?」

陽影「サイコー! オマエも来いよー!」

陽影さんが、無邪気な笑顔で私に呼び掛ける。

〇〇「……下、おりていきます!待っててください」

陽影「おー!砂浜まで競争な!」

ニカッと笑った陽影さんが、浅瀬に向かって泳ぎ出す。

この上なく楽しそうな彼の今の笑顔を、早く近くで見たい……そんなことを思いながら、明るい陽射しに照らされて、私も浜辺へ続く道を駆け出したのだった…―。

 

おわり。

 

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